酒と涙と女とバトン

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 なんだかJGNから学校バトンなるものが回ってきたので書ける範囲で書いてみる。

ちなみにMovableTypeには文字の色を変えたり大きくするオプションが無いので設問は太字で我慢してくだい。

Q1:小、中、高の中で一番思い出深い時期は?
A1:やっぱり高(=高専時期)かな。小学生は転勤ばかりしていて生涯の友達は作れなかったし、中学の頃は学校行事以上の思い出はなく、イジメられた時期もあった。それは春の台風の様に短い期間だったけど雰囲気が自然治癒しても素敵な思い出になるはずがない(暗
 高専の思いではQ5:にて。

Q2:一番お世話になった先生はいつのときの先生?
A2:一番お世話になったと感じるのは高専2,3,4年生でオレに微積(微分積分)を教えた樋口先生。どうしようもないほど微積が苦手(苦手意識が先行した結果かもしらん)で毎年度末の補講には必ず居る常連客だった。そんな俺を拾い上げてくれて「留年」を受けずに済んだのはあの人のおかげかな、って思ってます。後補講受けたのは英語か・・・
 樋口先生は最後の方お体を悪くされてたけど今も元気でいらっしゃるかな?

Q3:得意だった科目は?
A3:小学校:理科
  中学校:地理 技術     高専に来るやつのパターンみたいだな
  高  専:倫理 電子制御工学(だったっけ?アセンブラの方)

Q4:では、苦手な科目は?
A5:小学校:数学
  中学校:数学、英語
  高  専:微積、英語、代数幾何、5年の担任の授業(課目失念)

Q5:思い出に残った学校行事3つは?
A5:1つめ。小学校のブラスバンド
 歯並びが良くなかったけど希望のトランペットに入れて(本当はこの時からサックスがやりたかったが小さい学校なのかパートが無かった)朝夜マーチングの練習などがんばった。バスで遠征したりといろいろ楽しかった。

 二つ目。高専での「東京巡礼」
 4年生あたりからパソコンに熱が入り出して秋葉原(まだアキバではない)に憧れる。当日の朝とか突発的に「そうだ 東京、行こう」なんて言い出して、車を持ってるDADAを無理矢理勧誘。OZEやいっちょなどのメンバーを交えて通算7回くらい仙台~東京下道の旅を実行したのが一番思い出。夜中の22時頃出て東京付くのは朝7時頃かな。しかも日帰りなのでその日の3,4時くらいに東京出発。25,6時に仙台着。
 その頃の秋葉原はカオス的に小さな店が集まっていたので見所が一杯あった。なので何回行っても飽き足らないのです。買い物は300円の部品だけだったり。
 なんぼでも書けるけどとりあえずこのあたりで。

 三つ目。高専最後で寮生活
 父が職を変えたので社宅を出て行くこととなり、五年生になる時に通学不可の可能性を訴えて松韻寮に入れてもらった。生粋の寮生では無いので1年生にも迷惑をかけないようにひっそりとしていたけど、3フロア離れたDADAとLANを繋いでDiabloしまくったり、1時15分に電気が切れた後も盗電してゲームしてたりと色々楽しい1年だった。ちなみに部屋は5年生だから一人部屋だったけどモルタルタイル張りの4畳半みたいな広さ。万年床ヽ(‘口’*)ノ

Q6:学生時代は、クラスではどんなキャラだった?
A6:しらんw おそらく目立つでもなく暗すぎるでもなく、なフツーの人だったと思われる。

Q7:学生時代の友達からの呼び名は?
A7:ぶち、ぶっちー、名字そのまま。

Q8:好きな給食のメニューは?
A8:麺が太くてブツブツ切れてる味噌ラーメン。この日は必ず残らなかった。あとは牛乳瓶に入れてコーヒー牛乳ができるミルメーク

Q9:学生時代に出会った友人は、あなたにとってどんな存在ですか?
A9:小学生中学生の頃の人は思い出はあるけど存在になれるほどじゃなかったみたい。高専の頃のメンバーはみんな大好き。同窓会で集まったら素直に楽しめある仲間だと思う。嫌な人は最初の内に脱落したしね・・・好きなことしゃべれるのもやっぱりこの頃の友達だけ。

Q10:次に回す5人
A10:ootomo
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